■事件の概要
2002年8月、東京都文京区小石川のアパートで、一人暮らしの女性(当時84歳)の遺体が発見されました。約1カ月後、同アパートで恋人と同居していた伊原康介さんが、アパートの別の部屋から現金8万円を盗んだ件で逮捕・起訴され、ほか2件の窃盗容疑で追起訴されました。その勾留中に強盗殺人の犯人だと取調べを受け、否定しましたが、嘘や暴力をともなう執拗な取り調べで約4か月半後に「自白」をさせられました。裁判では無実を訴えましたが、無期懲役刑が確定し、千葉刑務所に収監。獄中から訴えを続け、日弁連がえん罪事件として支援を決定し、2015年、東京地裁に再審請求を申し立てました。

■裁判の経過

情況証拠のみで有罪
原審によれば伊原さんは、2002年7月31日午後9時10分ごろ、アパート2階に住む女性の居室において、整理タンス上の小物入れを物色中、女性に気づかれたので、女性の背後からタオル等を口部等に押し当てて引き倒し、口の中にタオルを押し込むなどして窒息死させ、現金約2千円が入った財布を強取したとされています。

有罪の根拠は、①被害者宅の小物入れ内のスキンローションの瓶から伊原さんの指紋が採取された ②死亡推定時刻にアリバイがない ③外部から侵入した形跡がない ④100万円以上の借金があり、財政的にひっ迫していた ⑤所持金がなかったのに、事件翌日にコンビニで買い物をしたなどの状況証拠と「自白」だけです。

残るはずの痕跡なし(再審請求の新証拠)
・犯人のDNA型と一致しない
   確定判決では「自白」を根拠に、伊原さんが被害者女性と激しくもみ合い、女性を仰向けに倒し、柔道の袈(け)裟(さ)固めのような体勢にして、タオルを口の中に押し込んだとされています。このような犯行態様であれば、タオルに犯人の皮膚片や垢等が付着するため、DNA型が検出される可能性が高くなりますが、弁護団の鑑定結果によると、タオルから検出されたDNA型は伊原さんのものとは異なることが判明しています。

・着衣の繊維が検出されていない
被害者を倒して、自身の身体を被害者に強く押しつけた場合、被害者の手指や着衣に、犯人の着衣の繊維が付着します。ところが検察側提出の鑑定書には、被害者の手指等から、伊原さんのシャツに類似する繊維が付着していたと記載があるのみでした。弁護団の鑑定によれば、伊原さんの着衣の繊維は1本も検出されませんでした。

・物色したタンスに指紋がない
確定判決は、伊原さんが整理タンスの小物入れを開けて、中を物色したとしています。伊原さんの指紋が付いたとされるスキンローションの瓶は、小物入れに入っていました。しかし、小物入れの前にはラジオが置いてあり、どかさなければ戸の開け閉めはできません。ラジオからも物色したとされるタンスからも、伊原さんの指紋は検出されていません。瓶の指紋は、事件の1カ月前に伊原さんが窃盗で同女宅に侵入した際に付いた可能性が高いものです。

作られた嘘の「自白」
・「自白と」現場の状況が矛盾
部屋は4畳半に台所半畳と狭く、被害者が台所にいるのに、「気づかれないと思い部屋に入り物色した」とする「自白」は不自然です。また、弁護団が再現実験をしたところ、「自白」どおりの犯行を再現すると、藤製の椅子が邪魔になり、自身の身体を被害者に強くあてる姿勢はとれませんでした。

・事件翌日に所持金はあった
伊原さんは事件翌日、同居する恋人の父から家族の見舞いを頼まれ交通費として2千円を受け取り、そのお金で買い物をしていました。所持金は奪ったお金ではありません。

・「自白」は任意ではない
伊原さんは、逮捕以来3カ月半以上も勾留され、犯行に関わりのない昏睡強盗の別件を持ち出され、殺人を認めれば別件は起訴しないとの利益誘導や偽計、脅迫を受けました。「自白」をした日は、トイレも行かせてもらえず、取調べの警官から平手で殴られる、胸倉をつかまれるなどの暴行が加えられました。

確定判決の根拠とされた「自白」は客観証拠と矛盾し信用できず、取調べの経過から任意性も認められません。情況証拠はいずれも弱く、伊原氏を本件犯行と結びつける証明力はありません

不当な再審棄却決定
再審を担当した東京地裁は、2020年3月31日、弁護団の度重なる証拠開示の要請に対して、充分な開示を行わず、事実調べも行わないまま不当な再審請求棄却決定をしました。また、東京高裁は2021年4月7日、最高裁も2022年12月12日に不当決定をしました。
現在、第2次再審準備中です。引き続きご支援をお願いします。

小石川事件関係年表

年 月事 項支援団体の動き
2002. 7.31小石川事件発生(殺害時刻は、午後9時30分頃とみられる。被害者は、午後6時頃、夕食の支度をしていた。)
 8. 1死体発見(朝、隣室の住人が発見)
8.31午前11時頃、伊原さんが同アパートの
Мさんの部屋から現金を窃盗(約82,500円)
9. 1伊原さんを窃盗の疑いで逮捕
 9.12住居侵入、強盗の疑いで逮捕
11. 5
12. 4
窃盗罪で起訴
警察は、小石川事件について別件による強制的な取り調べ
12.19伊原さん、小石川事件の殺人を自白
2003. 1.31伊原さんを殺人罪で起訴
原審
2004. 3.29東京地裁、有罪判決「無期懲役」
12.21東京高裁、控訴棄却
2005. 6.17最高裁、上告棄却、「無期懲役」確定
再審
2015. 6.24伊原さん、東京地裁に再審請求
2007. 2.20伊原さん、日弁連に支 援要請
2015. 5.22日弁連、再審支援を決定
2018. 3警察が証拠の一部を開示
2015. 6.24伊原さん、東京地裁に再審請求
2016.11国民救援会支援決定
2017. 4.13「小石川えん罪事件の再審を支援する会」結成
2018. 3警察が証拠の一部を開示
2020. 3.31東京地裁、再審請求を棄却
2021. 4. 7東京高裁・第2刑事部、即時抗告を棄却
2022.12.12最高裁第3小法廷、特別抗告を棄却
第二次再審請求準備中

弁護団報告 最高裁の不当決定と今後の展望

2023年1月22日  野嶋 真人 弁護士

1 最高裁判所第3小法廷は、2022年12月12日付けで、小石川事件について、不当にも、再審開始決定を求める伊原さんの特別抗告申立てを棄却しました。

2 小石川事件の最大の焦点は、被害者の口に押し込まれていたタオル(被害者が日常で使用していたと思われるタオル)から検出された被害者以外のDNA型の問題です。弁護人は再審請求にあたって、筑波大学医学部本田克也教授(当時)にDNA型鑑定を依頼し、その結果、タオルから検出された被害者以外のDNA型は伊原さんのDNA型とは合致していないことが明らかになりました。加えて、事件とは関係なくそのタオルに触った可能性のある、複数の介護ヘルパー、被害者の友人、行商の人等のDNA型を採取して、本田教授にDNA型鑑定を依頼しましたが、これらの人達のDNA型と、タオルから検出された被害者以外のDNA型が合致しないことが明らかになりました。

弁護人はこれらの事実を大きな根拠として、伊原さんが被害者を殺害した犯人ではなく、タオルから検出された被害者以外のDNA型の持ち主こそが、真犯人の可能性が高いと主張しました。

3 しかしながら再審請求審の東京地方裁判所は、DNA型鑑定の問題について、白色タオルから検出された被害者以外のDNA型が、誰に由来するものであるか検討する必要はないとして、再審請求を棄却しました。
即時抗告審では、検察側から本田教授の検証に対する反証として、関口和正氏からの聴取報告書等が提出されました。これに対して東京高等裁判所は、証人尋問等を行うことなく、一方的に関口氏の意見が正しいと判断し、白色タオルから検出された被害者以外のDNA型について、誰に由来するものであるかを検討する必要はないとして、即時抗告を棄却する決定をしました。

4 弁護人は、特別抗告審において、本田教授以外の専門家に、DNA型鑑定についての意見書の作成を依頼することとし、東邦大学医学部の黒崎久仁彦教授に意見書の作成を依頼し、意見書を作成していただき、2022年10月27日に、弁護人作成の特別抗告申立理由補充書(1)と共に、最高裁判所に提出しました。

5 黒崎教授の意見書では、白色タオルから検出された被害者以外のDNA型について、各ピークの高さ、その高さ割合について検討したうえ、意見書の結論で、被害者以外の者の生体細胞について、DNA型が検出できるだけの十分な混合割合になっていると考えるのが合理的な推論であり、混合ピークとして示されている部分について、被害者以外の者に由来する成分が存在する可能性が高いことを前提にして科学的に検討することが求められるという結論を述べています。
即ち、白色タオルから検出された被害者以外のDNA型について、誰に由来するものであるかを検討する必要はないという、東京地方裁判所や東京高等裁判所の決定が誤っていることを明らかにしたのです。

6 しかし最高裁判所第3小法廷は、2022年12月12日付で、再審開始決定を求める伊原さんの特別抗告申立てを棄却しました。黒崎教授の意見書を提出してから僅か1か月半後の棄却決定であり、しかもその理由は、適法な特別抗告理由にあたらないと書かれているだけで、内容ゼロの決定です。

最高裁判所が黒崎教授の意見書や弁護人作成の特別抗告申立理由補充書(1)を真摯に検討していれば、このように短期間で棄却決定が出されることはあり得ません。最高裁判所は、再審請求を棄却するという結論を先に決めていて、これに反する黒崎教授の意見書を無視したとしか考えられません。

7 なぜ最高裁判所が、再審請求棄却の結論ありきになってしまったのか、一つは、伊原さんのDNA型が白色タオルから検出されなかったとしても、伊原さんが犯人であることを否定できないという考え方がベースにあるように感じます。犯人のタオルに対する触り方、触った部位によっては、犯人のDNA型が検出されないこともあるだろうし、どういう触り方をすれば必ず検出できると言えるのか、学術的な研究が不十分という認識です。
しかし白色タオルからは、伊原さんのDNA型が検出されなかっただけではなく、被害者以外の別のDNA型が検出されているのですから、そのDNA型が犯人によるものである可能性の高いことが示されれば、伊原さんが犯人でないことにつながります。そのため弁護人らは、被害者宅に通っていたヘルパー、行商の人、友人その他、被害者宅に行って、タオルに触った可能性のある方々から口腔内細胞を採取して、これらが全て白色タオルから検出されたDNA型と合致しないことを示してきたのです。
これに対して最高裁判所は、被害者以外の別のDNA型が検出されていることの重要性、その意味を検討することなく、再審請求棄却の結論ありきで、誤った判断を示しました。

8 弁護人らは、第2次再審請求に向けて、新たな新証拠を獲得するため、現在、準備検討を進めています。これまでに提出してきた多くの新証拠の精度を上げるという観点で新証拠を作成することは、比較的容易で、すぐ思いつきますが、それだけでは第1次再審請求と同じ結論になるリスクがあります。やはりこれ迄とは異なる新しい観点からの新証拠の獲得が不可欠です。
不十分な新証拠で第2次再審請求を申立てるより、時間がかかるとしてもこれで勝ち切れるという新証拠を準備して第2次再審請求を申立てたいと思います。伊原さんにもその気持ちは伝えています。現在はまだ検討段階なので、ここで具体的な話をすることは差し控えさせていただきますが、私見としては、DNA型が最も重要な論点であることは変わらないという認識の元で新たな新証拠獲得の検討を進めております。

9 弁護人らは、今回の最高裁決定に対して、強い怒りを覚えると共に、DNA型に対する裁判所の誤った認識を変えて、伊原さんの再審開始、無罪判決を勝ち取るため、全力を尽くす所存です。今後も、今までと変わらずに力強いご支援を宜しくお願いします。
(支援する会ニュース 第29号から)

「社会復帰し役立ちたい」――伊原康介さんの紹介

無期懲役の判決を受け、再審を求めてたたかっている小石川えん罪事件の伊原康介さんが、千葉刑務所の中で漢字検定1級に合格しました。昨年9月から刑務所の中で漢字検定をめざす漢字講座を受講し、10月の漢字検定2級の試験には1回で合格。1級は11月の試験では不合格でしたが、12月の試験では見事合格しました。この試験は毎年900人前後が受験し、合格するのは多くて80人程度だそうです。

伊原さんの勉強は、再審無罪になり社会復帰をかちとった先を見てのものです。「小石川えん罪事件を支援する会」が結成されて間もなく、伊原さんから70冊もの書籍の差し入れを依頼されたことがあります。英語辞典、中学校の国語、英語、社会、理科や歴史書、国際ボランティアNGOガイドなど多様なものでした。伊原さんは手紙に「私は若い時に勉強をしてこなかったので、社会に出たときのためにあ知識や教養を深めようと小学校低学年からの勉強をやり直しています」と書かれており、支援する会では会員に本の提供を呼びかけ、カンパや支援する会の援助で本を差し入れました。それ以来、依頼された本などを差し入れてきました。最近では、英語の原書も読みたいと言ってきています。

彼の勉強する力の源泉は、何としても再審を勝ちとり社会復帰し、その時は他人のためになる仕事をしたいという意欲です。伊原さんは、最高裁で不当な無期懲役を宣告された後、公正であると信じていた裁判所に裏切られ、もう何も信じられない、人なんて信頼するものかと思っていたと述べています。

しかし、日弁連がこの事件を支援決定し、支援する会が結成され、激励が寄せられるようになり、「会ったこともない、話をしたこともない多くのみなさんから支援していただき、変わることができた」と言います。「過去には非行をおこなった私を応援します、信じますと手を差し伸べていただき、人の優しさ、あたたかさに触れ、刑務所に来たばかりの頃は廃人のようになっていましたが、必ず再審無罪を勝ちとり、社会復帰して、私も誰かの支えになり、役に立ちたいと思っています」。彼の勉強の原動力は支援者のみなさんが寄せてくれた力です。

そんな伊原さんの再審無罪を勝ち取るために、「支援する会」はさらなる奮闘を決意しています。

(支援する会・芝崎孝夫)救援新聞 2024年7月5日号掲載

DVDの活用を

支援する会では、小石川事件を理解してもらえるよう、2種のDVDを作成しました。 ぜひ、ご活用ください。

名 称内 容
DVD A
(録画時間:19分44秒)
小石川えん罪事件
伊原さんは無実です!
伊原さんの紹介、事件と裁判の動き、自白は強要されたもの、最高裁は再審請求を棄却、支援の輪は広がっている
DVD B
(録画時間:17分20秒)
小石川えん罪事件
「犯行」再現実験
伊原さんの「ウソ」の自白調書に基づき現場再現実験を行った
※価格は2種(2枚)で1,000円。送料は「支援する会」負担。申し込みは、「小石川えん罪事件の再審を支援する会」まで。

激励先
〒264-8585 千葉市若葉区貝塚町192 千葉刑務所 
伊原康介様
※刑務所名は記載しなくても届きます。

連絡先
小石川えん罪事件の再審を支援する会
〒113-0034 東京都文京区湯島2-4-4 平和と労働センター5階 日本国民救援会東京都本部内