事件の概要
1984年12月、滋賀県東部の日野町で酒小売店の女店主が殺害され、手提げ金庫が盗まれました。事件発生から3年後、1988年になって、この店でコップ酒を飲む常連客であった阪原弘さん(当時53歳)が日野警察署に呼び出され、連日のように取り調べを行い、「認めなければ、娘の嫁ぎ先に行ってガタガタにする」「親戚や近所を火の海にしてやる」などと脅しや暴行を加えました。阪原さんは、平常な判断力をなくし、ウソの「自白」をさせられました。警察は、阪原さんが酒代欲しさに、手提げ金庫を脇に置き帳面をつけていた女店主の隙をついて居間に上がり、首を手で絞めて殺害し、死体を車で宅地造成地に遺棄し、その後店内に戻って物色し、手提げ金庫を山に持っていって5万円を奪ったとしました。
■裁判の経過
阪原さんは、裁判では無実を訴えましたが、1995年大津地裁で無期懲役の有罪となり、控訴しましたが、1997年大阪高裁で控訴棄却となり、最高裁で2000年に有罪が確定し、服役を余儀なくされました。2001年、阪原さんは日弁連の支援を受け、大津地裁に再審請求を行ないました。
■事件の問題点
この事件では、ウソの「自白」以外に阪原さんと犯行を結びつける客観的な証拠は存在しません。反対に阪原さんには、犯行日当日は知人宅で酒を飲み、そのまま翌朝まで寝たというアリバイがあること、「自白」では座っている被害者の首を両手で挟むように絞めたとされているにもかかわらず、遺体には仰向けで、犯人がのど輪のようにして右手に体重をかけて首を圧迫したことによる食道後壁の出血が認められるなどの鑑定結果があることなど、「自白」が客観的な証拠と矛盾し、つくられたものであることが明らかになっています。
また被害者の胃内容から解剖医は夕食後30分前後に殺されたとしていますが、第2次再審請求審で弁護団が提出した法医学者の「意見書」では、胃の内容物は相当程度消化が進んでおり、食後1時間から2時間、あるいはそれ以上の時間経過があるとして確定判決が認めた解剖医の所見を否定しました。
■再審にむけて
大津地裁は2006年阪原さんの再審請求を不当にも却下し、阪原さんと弁護団は大阪高裁に即時抗告をしました。阪原さんは、広島刑務所に服役していましたが、10年から食事が食べられず、免疫力が落ち、体重が34キロにまで落ちて重篤な状態になりました。家族や支援団体は、幾度も治療や刑の執行停止などを要請しました。検察庁は12月に阪原さんの刑の執行停止を決め、外部の病院に入院させましたが、11年3月18日に亡くなりました。
阪原さんの死亡によって、大阪高裁で審理中だった第一次再審請求は打ち切りになりましたが、家族が2012年3月30日に大津地裁に対し、第2次再審請求を申し立てました。
弁護団の請求した証拠開示により、確定判決の有罪の根拠とされた阪原さんが盗んだとされる金庫の投棄現場に自発的に案内した証拠とされた実況見分調書の写真に真実でないものが含まれており、現場で阪原さんの指示説明もなく、「警察の誘導なしに自発的に案内した」という警察の証言は信用できないことが明らかになりました。
また、弁護団の法医学鑑定によって、自白と実際の殺害方法が違うことが明らかになりました。
大津地裁は2018年7月11日、再審開始決定を出しました。検察が即時抗告しましたが、
2023年2月27日、大阪高裁は検察の即時抗告を棄却し、再審を維持しました。検察は特別抗
告をし、現在、最高裁。
守る会の連絡先/署名等
連絡先
日本国民救援会滋賀県本部 〒520-0051 滋賀県大津市梅林1丁目3-30 滋賀県労連内