1979年10月15日、鹿児島県大崎町で、農業・Kさん(当時42歳)が自宅の牛小屋の堆肥の中から死体で発見された事件。Kさんは、3日前の12日、酔っぱらって自転車に乗り、落差1メートルの溝に落ちた後、道端に倒れているところを近所の2人の男性に自宅まで運ばれたことが分かっています。
警察は、近親者による殺人・死体遺棄として、Kさんの長兄(Aさん)とその妻の原口アヤ子さんのほか親族2人(Kさんの次兄(Bさん)とその息子(Eさん)の2人)の計4人を逮捕。「共犯者」とされた他の3人は取調べでウソの「自白」を強要され、公判でも事実を争わず、有罪判決を受けて服役。「共犯者」とされたAさん、Bさん、Eさんの男性3人は、いずれも知的障害を抱えた、いわゆる「供述弱者」でしたが、取調べや公判ではまったく考慮されませんでした。一方、原口さんは、一貫して犯行を否認し、無実を訴えますが、懲役10年の有罪判決を受け、満期服役。1990年に出所後、再審を請求しました。

【有罪判決の認定】
1979年10月12日、被害者のKさんが酔っぱらって自転車に乗り、落差1メートルの溝に落ちた後、道端に倒れているところを近所の人に自宅の土間まで運ばれ、土間に座っているところを目撃した原口さんが殺意を抱き、Aさん、Bさんと共謀し、Kさんの首をタオルで絞めて殺害し、Eさんも加えた4人でKさんを牛小屋の堆肥の中に死体遺棄した。

【事件の特徴と有罪認定を支える証拠】
大崎事件の特徴は、物証などの客観証拠が全くないことです。それは、原口さんがKさんに保険金をかけていたことを把握した捜査当局が、早い段階で近親者による保険金目的の殺人という誤ったストーリーを作ってしまったため、殺人以外の可能性を示す証拠が収集されていな
いからです。
有罪の根拠となったのは、「共犯者」とされたAさん、Bさん、Eさん3人の「自白」で、Bさんの妻(Gさん)の「目撃供述」(「(Kさんを)打っ殺してきた」と夫(Bさん)が言うのを
聞いたとか、息子(Eさん)が家に帰って「加勢してきた。黙っちょらんや」と言うのを聞いたという非常に不自然なもので、現場を見たというものではありません。)が「共犯者」の自白を支えています。死因については頸部圧迫による窒息死と推定した鑑定(鹿児島大学医学部・城哲男教授の旧鑑定。この法医学鑑定は極めてずさんで、頸椎の前面に縦長の大きな出血があるのに、切開して頸椎骨折の有無を調べていません。城教授は、1997年7月実施の鹿児島地裁での証人尋問で、「事故死の可能性がある」と自ら訂正しています)が、これらの供述の裏付けとなっていました。

【第1次再審請求審】
1995年4月に申し立て。鹿児島地裁は、殺人ではなく事故死の可能性が明らかになったこと
や、「共犯者」とされた2人が警察の執拗な取り調べでウソの「自白」を強要されたこと、ウソの「自白」の内容が客観的な事実や証拠と矛盾するとして、再審開始決定(2002年3月)を出しましたが、検察官の即時抗告により、福岡高裁宮崎支部は事実調べもせずに、再審開始決定を取り消しました(04年12月)。06年1月、最高裁は高裁決定を支持。

【第2次再審請求審】
2010年8月30日に申し立て。鹿児島地裁の中牟田裁判長は、法医学者や心理学者の鑑定人尋問もせず証拠開示もせず、何もしないまま原口さんの請求を棄却しました。当時は布川
事件、東電OL殺人事件、袴田事件などで、検察が隠した証拠の開示によって再審開始が実現していたにもかかわらず、当たった裁判所(鹿児島地裁・裁判長中牟田)が悪ければ何も
されずに終わる、いわば「再審格差」という問題が生じていたのです。
大崎事件は、物証などの客観証拠が全くない事件です。そこで供述証拠の誤りを明らかにするために、第2次再審から淑徳大学の大橋靖史教授と青山学院大学の高木光太郎教授によ
る供述心理鑑定を新証拠として出しました。第2次再審の即時抗告審では、再審事件の事実調べとして、日本で初めてこの2人の心理学者の鑑定人尋問がおこなわれました。この鑑定
の影響もあって、殺害をしたとされた2人の自白は、それ自体では信用性が高くないと判断されました。これは供述心理の知見が再審の新証拠としてある程度認められたことを意味し
ます。
ところが、自白の信用性は認められないとしながら、親族の目撃供述は信用でき、その供述によって支えられている自白は信用できるという話になり、第2次再審の即時抗告審は結論としては棄却決定、最高裁も追認。

【第3次再審請求審】
2015年に申し立て。弁護団は二つの新証拠を提出しました。
一つは、目撃証言をした親族のGさんの供述を分析した、淑徳大学の大橋靖史教授と青山学院大学の高木光太郎教授による心理鑑定です。第2次再審の即時抗告審で、Gさんの目撃供述が信用できるから、「共犯者」とされた3人の「自白」も信用できるとされたからです。鑑定の結果、Gさんの目撃供述には体験に基づかない兆候が見られるとされました。

もう一つは、東京医科大学の吉田謙一教授の法医学鑑定です。いままでは被害者の首周りに注目して鑑定意見が出されていましたが、今度の鑑定は被害者の体全体をみて、死斑(死後、皮膚下に移動した血液が身体の表面から透けて見える紫色等の斑紋)や血液就下(死後、心臓や血管内にあった血液が重力に従って身体の低い部分に移動したもの)がない白っぽい遺体なので、出血に関連する死(出血性ショック死)を想定させる、したがって首を絞めて殺害したというものではないという鑑定です。

鹿児島地裁(冨田敦史裁判長)は、17年6月28日、再審を開始する決定を出しました。

決定は、弁護団が新証拠とした法医学鑑定(吉田鑑定)により、遺体に頸部圧迫による窒息死を示す所見がなく、城旧鑑定の証明力が減殺され、「確定判決は、死因が窒息死であることを支える唯一の客観証拠を失った」と判断。もう一つの新証拠である供述心理鑑定について、「供述の信用性を判断する資料の一つとして、十分な証明力を有する」と認め、Gさんの「目撃供述」の供述心理分析をした大橋・高木鑑定により、体験に基づかないことを話している可能性があると認めました(再審裁判で初めて心理学分析の証明力を認めました)。その上で、新旧証拠を総合的に再評価。「共犯者」自白供述について、3人に知的障害があり、捜査機関の暗示や誘導を受けて供述した可能性を否定できないことや、供述を裏付ける客観証拠が存在しないことから、「共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できない」として事件性すらない可能性にまで踏み込み、再審開始を決定しました。 再審開始決定は2002年(第一次再審)以来、2度目。検察は再び即時抗告しました。

(即時抗告審)
福岡高裁宮崎支部(根本渉裁判長)は2018年3月12日、鹿児島地裁の再審開始決定を不服として検察が申し立てていた即時抗告を棄却しました。3度目の再審開始決定が出されました。決定は、弁護団の提出した東京医科大学・吉田謙一教授の鑑定を新規・明白な証拠として認めました。吉田鑑定は、解剖の所見と「タオルで首を絞めて殺した」という有罪判決の認定は矛盾していること、そして死因は出血性ショックによる死亡の可能性が高いことを指摘。裁判所も、鑑定をふまえ、死因について、Kさんが亡くなる当日、酔って側溝に自転車ごと転落したことによる事故死(出血性ショック死)の可能性があると指摘し、殺人事件ではないと踏み込んだ判断をしています。
他方、鹿児島地裁が再審開始決定で認めた心理学鑑定(殺人についての話を聞いたという関係者供述の信用性は高くないと指摘した鑑定)については一定の前提条件の下でのものであるから、限定的意義しか認められないとしました。(*再審開始決定を出した裁判官=根本渉裁判長、渡邉一昭、諸井明仁)検察は、3月19日、最高裁に特別抗告しました。

(特別抗告審)
2019年6月25日付で最高裁第一小法廷(小池裕裁判長)は、原口アヤ子さんの第3次の再
審請求を棄却しました。最高裁決定は、検察官の抗告には理由がないとしたにもかかわらず、抗告自体は棄却せずに、職権で調査し、再審開始決定を取り消しました。これは、最高裁が事実取調べをおこなわない法律審であるにもかかわらず、有罪判決を受けた者に不利な裁判を弁護人の意見も聞かずにおこなったという点で、無辜の救済という再審の理念に反するだけでなく、憲法31条の適正手続きに反する違憲の決定です。

東京医科大学の吉田謙一教授の法医学鑑定は、本件の被害者Kさんの遺体全体をみて、死斑(死後、皮膚下に移動した血液が身体の表面から透けて見える紫色等の斑紋)や血液就下(死後、心臓や血管内にあった血液が重力に従って身体の低い部分に移動したもの)がなく、白っぽい遺体なので、出血に関連する死(出血性ショック死)を想定させる、したがって首を絞めて殺害したというものではないという鑑定です。

最高裁小池決定は、吉田教授が、豊富な経験と専門的知見を備えた法医学者であることやその鑑定が条件の制約された中で工夫を重ねて専門的知見に基づく判断を示していると認めながら、死体を直接検分しておらず、死体解剖の際に撮影された12枚の写真からしか死体の情報を得ることができなかったこと、しかも主として写真上の死体の色調に基づいて鑑定をおこなったことを取り上げ、鑑定を問題としました。

最高裁小池決定は、吉田鑑定を批判してみたものの、それだけでは、内容が分かりやすく明白な吉田鑑定が「明らかな証拠」ではないといえないので、次のように言い出します。

すなわち、もし高裁の認定のように吉田鑑定を根拠に、四郎が溝に落ちたことによる出血性ショックにより瀕死の状態にあった可能性があるとすると、事実上四郎の死体を堆肥中に埋めた者は、四郎が道端に倒れているところを自宅まで運んだ近所の2人の男性以外にないが、そんな証拠はない。だから、近所の2人の男性とは考えられない。そうすると犯人は原口さんら以外想定し難いと断定します。そして、共犯者3人の各自白並びに親族の女性の目撃供述は相互に支えあって、その信用性は相応に強固なものと認定します。

最高裁小池決定のこの論理は、捜査機関の怠慢によって証拠がないなかで原口さんらの有罪を維持しようとするものであり、しかも、なんら根拠を挙げずにいきなり断定し、最後は、原口さんの共犯者とされた人たちの「自白」と親族のGさんの供述という警察によってでっち上げられた供述証拠に逃げ込んだものといわざるをません。文字通り、偏見と自白偏重による裁判そのものです。

最高裁小池決定は、書面審査だけで下級審の決定を取り消した異常さだけでなく、弁護団に反論の機会を与えずに決定を出した異常さ、そして、再審開始決定を「取り消さなければ著しく正義に反する」とさえ断じた異常さは、およそ裁判の名に値しないものといわざるを得ません。

また、「疑わしいときは被告人の利益に」との刑事裁判の鉄則が再審にも適用されるとした最高裁の「白鳥・財田川決定」を大きく踏み外したものであり、再審制度が無辜の救済を目的とすることを忘れたものです。(*不当決定を出した最高裁の裁判官=小池裕、池上政幸、木澤克之、山口厚、深山卓也)

大崎事件再審弁護団は7月1日、第3次再審請求を棄却した今回の最高裁決定に異議を申し立てました。弁護団の異議申し立てに対して、最高裁は「立件しない」(したがって、裁判をして答えることはしない)と回答してきたといいます。7月12日には、全国の刑事法学者92人の連名で、今回の決定には「刑事司法制度の基本理念を揺るがしかねない重大な瑕疵が存在する」との声明を発表。16日には、冤罪犠牲者の会が「日本の裁判史上に残る暴挙」であるとの抗議声明を発表しました。

【第4次再審請求審】
2020年3月30日、4回目となる再審請求の申し立て。今回の請求は、原口さんが高齢(92歳)のため、娘の京子さんが請求人となりました。
 今回の第4次の申し立てで弁護団が提出した新証拠は、3つです。
①「Kさんの死亡時期」について鑑定した澤野誠・埼玉医科大学総合医療センター高度救命
救急センター長の鑑定書(以下、澤野鑑定)。
②Kさんを軽トラックで自宅まで運んだ近所の住人のIさんとTさんの供述の信用性に関
する稲葉光行・立命館大学教授によるコンピュータ解析の手法を用いた供述鑑定(以下、稲葉鑑定)。
③IさんとTさんの供述の信用性に関する大橋教授と高木教授の心理学鑑定(大橋・高木第
3鑑定)です。

第3次再審請求審の新証拠である吉田鑑定は、絞殺であれば、体内の血液が下方に集まり、死斑となって赤黒くなるがKさんの遺体の写真を見ると、堆肥の中で下になっていた遺体部分の色が白っぽくなっているので、死因は絞殺ではなく、出血性ショックの可能性が高いという鑑定でしたが、出血の箇所については推定を述べただけでした。昨年6月の最高裁決定は、この点を捉え、十分な所見に基づかないで、写真に写った外表からうかがえる変色のみを根拠に単なる可能性を指摘したにすぎないと批判しました。
 今回の澤野鑑定は、救命救急医としての経験と最新の医学知識に基づいて、遺体の腸を撮影した写真こそが死因を示すものであり、その基本的な死因は、非閉塞性腸管虚血による広範囲の急性腸管壊死であることを明らかにしました。

Kさんを自宅まで運んだIさんとTさんは、Kさんは自宅到着後、一人で、あるいは肩を借りて歩いて自宅に入ったと供述しています。昨年の最高裁決定はこの供述を前提として棄却決定を出しました。しかし、澤野鑑定によれば、非閉塞性腸管虚血の状態にある者が「歩く」というようなことは絶対にありえないのです。
 稲葉鑑定と大橋・高木第3鑑定は、手法は違いますが、ともに、IさんとTさんの供述は信用性が低いことを明らかにしています。

(2020年5月におこなわれた第1回三者協議の内容)
5月14日に第1回の裁判所・弁護団・検察の3者による進行協議がおこなわれました。
検察官の反論の意見書提出期限の設定、次いで弁護人の証拠開示請求に対する裁判所から検察官への意見聴取(出席していた次席検事が「また一から調べます。警察にも照会します」と即答しました)、さらに、今後の進行予定、とりわけ尋問期日をどのように入れるか、順番はどうするか、ということなどが協議されました。

22年6月、鹿児島地裁で再審請求棄却。23年6月、福岡高裁宮崎支部も請求棄却。最高裁へ特別抗告。

【最後に】
冤罪を背負わされた4人は刑務所で服役し、夫婦の絆を断ち切られた者、病に倒れた者、自死した者が出ました。生き残った最後の冤罪被害者・原口アヤ子さんも92歳という高齢となっています。アヤ子さんは、存命する再審請求人の中では最高齢です。一日も早い再審開始決定、そして無罪の判決を原口さんに!
みなさまのご支援をお願いします。

守る会の連絡先/署名等

守る会の連絡先
大崎事件原口アヤ子さんの再審をめざす会 
〒899-7300 鹿児島県曽於郡大崎町仮宿1123 稲留 様

〇署名(第4次再審 鹿児島地裁)
大崎事件の再審開始をもとめる要請書

〇資料
大崎事件人間関係図